東京高等裁判所 平成9年(う)1165号 判決
被告人 川名賢一
〔抄 録〕
原判決が認定判示した犯罪事実は、被告人が、右九月一日未明に、スナック「ウインク」の店内及び同店前通路において、荻原富夫に対し、一連の暴行を加え、そのうちの一定の暴行が原因となって、同人に傷害を負わせたというものである。そして、原判決が認定した右事実関係に照らし、被告人の行った一連の暴行は、自然的にみて、一体的なものであって、傷害の原因となった部分と原因とならなかった部分とを切り離して考えることはできず、したがって、そのうちの一定の暴行により傷害が生じた結果、結果的加重犯として傷害罪の成立が認められる本件においては、傷害罪の一罪が成立するのみである。すなわち、本件の場合、被告人が行った一連の暴行は、傷害の原因となった部分についてはもちろん、原因にならなかった部分についても、傷害罪の一部を構成するものとして包括的に評価されるべきものであり、傷害の原因とならなかった暴行が、傷害罪と異なる別個の罪を構成するものではないのである。
してみると、スナック「ウインク」の店内における暴行についても、本件訴因に、発生した傷害の結果と一罪の関係に立つ事実として掲げられている以上、原判決が、証拠上認められると判断したときは、これを犯罪事実として認定判示しなければならないことはいうまでもなく、したがって、原判決が、罪となるべき事実の中で、被告人がスナック「ウインク」の店内で荻原富夫に暴行を加えたとの事実も認定判示したのは、むしろ必要的なことを行ったものである。したがって、所論中、本件のような傷害罪の場合、犯罪事実として認定できるのは、傷害の結果と、その実行行為、すなわち、その傷害の結果をもたらした(相当因果関係のある)暴行に限られるとする部分は、右に説示したところに照らし、失当というほかなく、その余の部分も、個別的に判断するまでもなく、その前提において失当であって、採用の余地がない。
《中略》
訴因に掲げられた事実は、被告人が、荻原を突き飛ばして路上に転倒させるなどの暴行を加えたというものであるところ、原判決の認定事実は、被告人が、荻原の肩付近を正面から手で突くなどして、後退、転倒させるなどの暴行を加えたというものであって、訴因に掲げられた暴行と原判決が認定した暴行との間に、激しさの程度に若干の違いのあることは窺えるものの、態様そのものとして著しく大きな食い違いがあるというものではない。また、犯罪事実全体としては、訴因も原判決もともに、被告人が、本件当日未明に、スナック「ウインク」の店内及び同店前通路において、荻原に対し、一連の暴行を加え、右通路上で加えた暴行が原因となって、同人を地面上に転倒させ、その結果、同人に傷害を負わせたとの事実を掲げ、又は認定しているのであって、全体的な流れにつき両者間で何ら異なるところはないのである。したがって、本件において、原判決の認定事実に、荻原の転倒の原因となった同店前通路上の暴行の態様につき、訴因との間で右にみた程度の食い違いがあるということは、一般的、類型的にみて、被告人の防御権に実質的な不利益を生じさせるものではないということができる。しかも、原判決が認定した右事実は、後記五の5(二)でみるように、被告人が、原審第五回公判期日以降、原審公判廷において供述していた内容に沿うものであり、このような本件審理の具体的な経過等に照らしても、原判決が訴因変更の手続を経ずに右認定をしたことが、被告人に不意打ちを与えたり、その防御権を不当に侵害したりしたものでないことは明らかである。
したがって、原判決が、訴因変更の手続を経ないで、訴因との間で、所論指摘のような食い違いのある事実を認定したことが違法であるということはできないのである。
(松本時夫 服部悟 高橋徹)